だれが(ホントに)クジラ肉を盗ったのか?

 

事件の全貌がわかるインタビュー: 佐藤潤一が語る真実

その3――市民の知る権利は基本的人権、ではNGOの活動は?

 

裁判はどういう手順で進むのですか?

Q:佐藤さんは今もクジラの肉の横流しについて調べているのですか?

談話するグリーンピーススタッフの佐藤潤一
© Greenpeace/Kazuya Hokarie
談話するグリーンピーススタッフの佐藤潤一
© Greenpeace / Kazuya Hokari

そうですね、逮捕されて26日間拘留された後は保釈されたので、実際には外で活動はできています。保釈の身なので活動が制限される保釈条件というものがありますが、裁判を通してクジラ肉の横領・横流しについての真実をわかってもらいたいので、そのための準備をしています。

Q:これから始まる裁判のことなのですが、これはどういう手順で進むのですか? 例えば裁判がいつ開かれて、判決はいつぐらいにでるとか?

公判の日程はまだ決まっていません。今は、「公判前整理手続」という段階です。これは、今話題になっている「裁判員制度」のためにつくられた制度ですが、裁判期間を短縮するために行われます。まず裁判員や傍聴人がいないところで裁判官と弁護人、検察官、そして被告人が議論をして、争いがあるところを整理するのです。8月4日で5回目の公判前整理手続きとなります。公判はまだまだ先になる可能性はあります。

Q:その公判というのがいわゆる、裁判所に行って裁判官が前に座っていて行うやつのことですよね?

そうです。よくテレビで有名人とかの裁判で傍聴券を求めてたくさんの人が並んだというのを聞くと思いますが、まさしくあれが公判っていうやつです。

Q:それがいつになるかはまだわからないということなのですね?

はい、まだわかりません。公判前整理手続が終了した時点で公判の日付が決まることになりますので。

Q:今回の佐藤さんのケースは裁判員によって裁かれるのではないということですが。

裁判員制度でその適用を受けるケースというのは重大犯罪だけです。例えば、殺人だったりとか。ですから、私たちのケースでは裁判員制度の適用にはなりません。ただ、公判前整理手続という制度は適用されているので、半分だけ裁判員制度が導入されているような中途半端な感じです。公判前整理手続の問題は、それが非公開であるということですね。やはり公開していくというのが大原則だと思います。

クジラ肉の流通に問題があった・・・・それが行動の動機と目的

Q:今回の裁判のポイントはたくさんあると思うのですが、どんなことがあると思いますか?

「公平な裁判」にして欲しいということに尽きると思います。

Q:「公平な裁判」というのはどういうことですか?

フォルホーフ教授と談話するグリーンピーススタッフの鈴木徹
© Greenpeace / Kazuya Hokari
フォルホーフ教授と談話するグリーンピーススタッフの鈴木徹 © Greenpeace / Kazuya Hokari

検察官は私たちの行為が普通の「窃盗」と変わらないとして「窃盗罪と建造物侵入罪」で起訴しています。これでは、私たちの行為の全体像が裁判でまったく把握・検討されないことと同じです。「クジラ肉を食べたくてその箱を盗んだ」という普通の泥棒行為と「税金が投入されている調査捕鯨という事業における不正を明らかにしたいと捜査当局に提出するために持ち出した」という行為が同じだというような主張は不公平だとは思いませんか? 「公平な裁判」という意味は私たちがなぜ今回のような行動をしたかというその動機と目的をきちんと検討してそれを判断材料にしてほしいということです。

Q:具体的にはどういうことですか?

裁判の中で、調査捕鯨のクジラ肉の流通に問題がなかったどうかを裁判官の視点で確認してもらうのが一番です。これは、私たちの告発を受けて東京地検が調べていますので、検察側にその資料や証拠がそろっているはずですから、これを裁判官に調べてもらうことはなにも難しくなく、時間がかかることではありません。これによって、私たちの主張がまったくでっちあげのものだったのか、そうではなかったのかがわかります。同時に、東京地検の捜査が十分でなかったこともわかるでしょうけれど。

東京地検は不起訴にし、都合の悪い部分は隠してある

Q:でも、佐藤さんたちが告発した「調査捕鯨船員の横領」について、東京地検は不起訴としたと聞きましたが。

はい、私たちが逮捕された2008年6月20日の当日に急に不起訴処分となりました。最近ニュースで、検察の政治的な判断についてよく問題視されますが、私たちの場合もおそらくそうでしょう。国の方針である調査捕鯨に文句をつけるグリーンピースの職員を逮捕する方が、調査捕鯨の不正をきちんと捜査するということよりも都合がよかったと判断したのではないでしょうか? これは、公判前整理手続の中で、この部分の証拠を検察側が必死に隠そうとしているところからもわかります。証拠資料の中で都合の悪い部分は、白く隠してあるのですよ。これには私もさすがに驚きました。まだまだ開示されていない証拠もたくさんあると思います。

Q:クジラ肉の横領があったかどうかが裁判で審議されることが、佐藤さんたちが窃盗・建造物侵入罪で問われていることとどのように関係するのですか?

私たちの行為によって「社会が得た利益」と「被った不利益」を天秤にかけてほしいということなのです。天秤のお皿の片側に「社会が得た利益」、その反対側の皿に「被った不利益(5万円相当の窃盗・建造物侵入)」という項目がのっている状態を想像してください。通常の犯罪では、その犯罪で社会が得る利益というのはまったくありませんから、被った不利益の方の皿が重いわけです。ただ、私たちのケースでは、私たちの行為によって社会が得た利益というのも存在します。

社会に貢献するジャーナリストやNGOの「チェック機能」

Q:具体的にはどのような利益でしょうか?

私たちがこの件を記者会見で明らかにした後に、20年以上にわたってクジラ肉の高級部位が「土産」と称して船員、事業の発注側である鯨類研究所職員、さらには事業を監督する立場の水産庁職員にまで渡されていたことなどが初めて納税者の前に明らかになっています。実際の不正はこれだけにとどまらないと思いますが、それを裁判所にすべて確認してもらって、天秤の「社会が得た利益」という方にのせて、5万円相当の窃盗を罰することと比較検討して、判決をくだしてほしいということです。

Q:その天秤にかけてほしいということですが、なにか今までに判例みたいなのはあるのでしょうか?

はい、政府や公的機関の不正を監視するジャーナリストやNGOの活動が盛んなヨーロッパでは、意見の多様性と政府のチェック機能を守るために、個人の知る権利・情報を得る権利を認める判例が増えてきています。例えば、欧州人権裁判所では、ジャーナリストやNGOが違法とされる行為を通して隠されていた事実を一般の人たちに知らせたという場合に、その違法行為を罰するという社会的利益よりも、一般の人に知らせたという行為の利益の方が大きいと判断し「罰するに値しません」という判決をくだす例が多くあります。これはまさしく、違法とされる行為が社会に与えた利益と不利益を天秤にかけている例です。

Q:もう少し具体的な実例はないでしょうか?

東京で講演するフォルホーフ教授(ヘント大学教授)© Greenpeace / Kazuya Hokari
東京で講演するフォルホーフ教授(ヘント大学教授)© Greenpeace / Kazuya Hokari

先日、メディア法の権威で欧州人権裁判所の判例理論を研究しているベルギーのフォルホーフ教授とハート=ラスムッセン氏の講演会に行きました。フォルホーフ教授は私たちの裁判の証人となってくれることも了解してくださっているのですが、その講演会の中でハート=ラスムッセン氏が面白い例を教えてくれました。デンマークの市民活動家が、空港のセキュリティーが効果的かどうかを試すために、空港内の高級レストランでステーキを注文し、そこで出されたナイフを持ち出したそうです。その活動家はそのナイフを持って搭乗ゲートまで行き写真をとったところで目的を達したとして、おとなしく警備員に逮捕されます。これで、空港のセキュリティーが機能していないことは証明できたわけです。彼は、もともとナイフを自分のために盗むという意思はなかったので窃盗罪には問われず、空港内で武器を保持していた罪で起訴されます。この間勾留もされていません。裁判では、最終的に有罪とはなりますが、空港の安全対策の問題を指摘するというその目的と社会が得た利益を考慮して罰は一切与えないという判決を下したそうです。これは、まさしくその天秤にかけて、バランスをとった例と言えると思います。このような例は欧州人権裁判所をはじめヨーロッパでは多々あるそうです。

Q:ジャーナリストやNGOに、違法行為を許すということですか?

誤解を避けるために強調したいのは「ジャーナリストやNGOが法を超える存在ではない」ということです。これは、欧州人権裁判所の判例の中でも繰り返し述べられているそうです。ただ、その行為が社会に与える利益と不利益を比較考慮して、利益が明らかに大きい場合に「例外」として「民主主義社会では罰するに値しない」と判断されるということなのです。

もしヨーロッパ人権裁判所だったら「無罪」

Q:佐藤さんたちの行為を無罪にしたら、社会秩序がみだれてとんでもないことになるっていう意見も多く聞かれますが?

それこそなんでも無条件に「無罪」にしたらそれは確かに社会秩序が乱れてしまうと思いますよ。また、その逆に私たちのような行為をなんでも「有罪」にしてしまっても問題があると思います。私たちが言いたいのはそんな両極端な議論ではなく、もっとその中間で丁寧な議論が必要ではないかということです。

Q:「丁寧な議論」というのがわかりにくいのですが。

フォルホーフ教授が私たちのケースを欧州人権裁判所が「例外」として「無罪」判決にするためには10のことをその判断基準とするだろうと教えてくれました。このような判断基準をクリアできるのかどうかをきちんと審議するということが「丁寧な議論」ということになると思います。わかりやすいので紹介しますが、これをぜひ裁判で審議してほしいですね。

  1. 明らかに公共の利益に関する事項であること
  2. 信用できる証拠を得るための取材活動の一環として行われた行為であること
  3. 誠実な行動であったこと。盗むことやプライバシーを軽視することを意図したのではなく、内部告発者から得た情報に関連して証拠を収集しようとしていたこと
  4. 軽微な犯罪であり、他の者に対して必要以上の危害を加えたり損害を与えたりしたわけではないこと
  5. 関連性のある行為であったこと:信用できる証拠を収集するために必要で、均衡の取れたものであったこと
  6. 目的は情報を公にすることであったこと
  7. その行為が営利目的や、センセーションを起こすためだけでないこと。
  8. 同様の情報を得るのが困難であったこと。当局がその情報公開に否定的であること。
  9. 資料/証拠は、捜査を開始してほしいとの要請とともに計画的に検察官に提出されたこと
  10. 捜査当局による過剰な干渉があったこと:逮捕、26日間の勾留、家宅捜索、押収など。これがNGOや調査報道に携わるジャーナリストに対する萎縮効果を与えたこと。

Q:なるほど。かなり先駆的な考え方って感じがしますが。

そうですね。正直なところ、私も今回の件で自分が刑事事件に問われるまでこのようなことが欧州人権裁判所で進んでいることは知りませんでした。でも、よく考えるとすごく論理的な考え方だと思います。ヨーロッパのNGOの立場がすごく強いという背景にはこのような考え方があるのかなと思いましたね。

Q:でもヨーロッパの考え方ですよね?

青森クジラ肉事件に市民の関心を高めてもらおうとねぶた祭期間中、事件の概要を載せたうちわを配る。
© Greenpeace / Mattias Westfalk
青森クジラ肉事件に市民の関心を高めてもらおうとねぶた祭期間中、事件の概要を載せたうちわを配る。© Greenpeace / Mattias Westfalk

私も最初はそう思いました。ただ、驚いたことにこの考え方は日本でも有効な考え方だというのです。ただ、私たちが十分にその有効性を訴えていない。日本は国際人権自由権規約という条約を批准していますが、このもとになった条約がすでに紹介した欧州人権裁判所を持つ欧州人権条約です。国家間の「条約」の効力について定めた「ウィーン条約法条約」が規定するところによると、国際人権自由権規約を批准している国は、その解釈として欧州人権裁判所の判例を利用できると理解できます。ですから、「それはヨーロッパのことでしょ」というありがちな反論も通用しないのですよ。今年は日本が国際人権規約を批准して30周年になりますから、この機会にぜひその必要性を訴えたいですね。

Q:日本における民主主義の成熟のためにも今回の裁判の行方が重要だということでしょうか。

そのぐらいの意義を持たせるつもりでいます。私や私の家族・親族が逮捕直後に受けたダメージもおおきいですから、この機会を利用して何か新しいポジティブな考え方が提供できればと思います、本当に(笑)。また、この裁判を捕鯨問題としてみるというのは一つの観点だと思うのですが、それだけじゃなくて、やっぱりもっと大きな問題、例えば日本のジャーナリズムが思い切ったことができず監視役としての機能を果たしていないとか、政府の不正を指摘してももみ消されるなんていうこと、内部告発保護がまだ機能していない問題などなどの観点からも見て欲しいですね。

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