佐藤の被告日記
05 February
2010

いよいよ2月15日に初公判!

ツイッターも開始しました

いよいよ2月15日に初公判!


 逮捕・起訴から1年半以上が経ちましたが、ようやく初公判が2月15日に決定しました。


 1月15日に行われた最後の公判前整理手続きで、わたしたちが最低限必要であると主張してきた以下の証人について、その希望通りに裁判所が採用決定するという画期的な展開になりました。


1、 調査捕鯨船を管理する共同船舶株式会社の幹部 
2、 わたしたちが確保した箱の持ち主とされる船員
3、 2の船員にクジラ肉を譲ったとする船員2名
4、 元船員の内部告発者
5、 国際人権法やメディア法の権威であるデレク・フォルホーフ教授(ベルギー、ヘント大学)

 検察官は、最後まで上記の証人については「必要ない」と不同意(1を除く)でしたが、その不同意意見を裁判所が退けての決定となります。これらの証人尋問によって、調査捕鯨船団の不正についてもかなり明らかになると思います。

 そもそも箱の持ち主で被害者の一人とされる船員を、犯罪を証明すべき立場の検察側ではなく、被告人であるわたしたちが証人として申請して、検察側が不同意を主張し続けてきたこともこの裁判の異常さを示しています。

 検察官も捕鯨船団の行為が怪しいことを十分に承知していて、船員を証言台には立たせられないと思ったのかもしれません。

 さらなる注目はベルギーのデレク・フォルホーフ教授です。彼は、ジャーナリストやNGOの「表現の自由」を専門にしている教授で、ヨーロッパだけでなく様々な国で裁判の証言台に立っています。彼はわたしたちの行為が、日本も批准している条約である国際人権(自由権)規約のもとで、どのように解釈されるべきなのかを証言してくれます。刑事事件で外国の専門家が採用されるのも非常に珍しいケースだそうです。

 2月15日は10時に青森地裁で開廷します。
 ぜひ、青森近県の方、傍聴に来てください。

 また、裁判を傍聴に行けない方も、ツイッターをはじめましたのでこちらで状況をご覧ください。できるだけ、裁判の終了後など時間の許すときにリアルタイムでつぶやいていきます。
http://twitter.com/gpjSato

 最後に、裁判に関して、多くの方から様々な応援メッセージをいただいています。こちらからメッセージを投稿したり、すでに投稿されたメッセージをご覧いただけたりしますので一度のぞいて見て下さい。

「the ウォッチ  公正な裁判を求めて」
http://www.greenpeace.or.jp/campaign/oceans/whale/t2/antenna/

それでは、人生初の被告人席、座ってきます!


Posted by jsato at 12:49
15 December
2009

調査捕鯨はほかの事業に比べて重要?

「調査捕鯨」は水産庁の“天下り”“利権”のショーケース (8)

行政刷新会議の見直し基準に調査捕鯨をあててみる その4

前回までに、「鯨類捕獲事業(いわゆる調査捕鯨)」が行政刷新会議の事業見直し基準の1つ目「事業目的が妥当であるか、財政資金投入の必要性があるか」、2つ目「手段として有効であるか」、3つ目「手段として効率的であるか」とどのように関係するかについて書いてきました。今日は最後の基準、「限られた財源の中、ほかの事業に比べて緊要であるか」について考えてみます。

限られた財源の中、ほかの事業に比べて緊要であるか

ちょうど昨日の12月13日付け朝日新聞「私の視点」に、米本昌平教授(東京大先端科学技術研究センター)の「調査捕鯨 乏しい成果、すぐに廃止を」という意見が投稿されていました。

米本氏は「厳しい財政事情を考えればただちに廃止されてよいのが調査捕鯨なのだが、なぜか『事業仕分け』の対象にすらならなかった。その理由は、長年の農林水産省の官僚による国会議員への『ご説明』が功を奏し、党派ごとに捕鯨議員連盟があるからなのだろう」とし、さらに「鯨の持続的利用再開の判断根拠となる科学的成果には乏しく、発表論文も鯨を殺す必要がないものがほとんど、というのが委員会の大勢意見である。そもそも毎年400〜500頭もの鯨を捕獲するのは、鯨肉を売って船団経費を賄うような仕組みで始められたからである」と説明して、調査捕鯨の構造と科学性を批判しています。

そして米本氏は、「現在、マグロなどの水産資源はグローバルな次元で管理強化の方向にある。そのような議論の場で、日本の科学的データに疑問が付されることがないようにするためにも、国の事業としての調査捕鯨は廃止すべきだ」と結論づけています。

 

すでに元捕鯨企業がその再開を必要としていないことを明言し、「商業捕鯨」の再開が現実的ではない中、この事業の緊要性は著しく低くなっています。しかしその逆に、この「調査捕鯨」事業の廃止・代替によって得られる国際的な評価は、金額で表わせないほど大きいといえます。とくに海洋保護、そして持続的な漁業への対策は緊急を要し、これらの事業こそが水産庁としての本来力を入れるべきものでしょう。そのためにも、次の事業仕分けで「調査捕鯨」を対象事業に含め、その必要性を公開の場で議論してほしいところです。


Posted by sato at 17:22
03 December
2009

調査捕鯨は事業として効率的か?

「調査捕鯨」は水産庁の“天下り”“利権”のショーケース (8)


行政刷新会議の見直し基準に調査捕鯨をあててみる その3

 前回まで、「鯨類捕獲事業(いわゆる調査捕鯨)」に行政刷新会議の事業見直し基準の一つめ「事業目的が妥当であるか、財政資金投入の必要性があるか」と、二つめ「手段として有効であるか」を適用するとどう判断されるべきかについて書いてきました。今回は、調査捕鯨が「手段として効率的であるか」を考えてみます。

手段として効率的であるか

 「調査捕鯨」の実施主体である(財)日本鯨類研究所(鯨研)は、06年度決算(06年10月〜07年9月)において、国から無利子で借りていた36億円の運転資金のうち10億円が返せないなど、その資金繰りを著しく悪化させています。

 鯨研は、その捕獲調査によって得られたクジラ肉の販売と国庫補助によって資金を調達していますが、需要が減少しているクジラ肉の在庫がだぶつき、販売価格を下げざるをえなかったことが主な原因とされています。このようにクジラ肉産業の採算性は低く、調査捕鯨の主目的である商業的な捕鯨の再開が実現したとしても、そもそも南極海まで船を出す大規模なクジラ肉ビジネスが成り立つとはとうてい考えられないのが実情です。

 また、母船という大型の船舶を用いて「調査捕鯨」を実施しているのは世界で鯨研と共同船舶株式会社(共同船舶)に限られ、水産庁の国庫補助によってそれら三者が「聖域」を形成し、利権構造を維持してきました。

 たとえば、鯨研の歴代理事長6名はすべて水産庁の出身であり、共同船舶は旧捕鯨3社の捕鯨部門が統合してできた企業です。このように、水産庁、鯨研、共同船舶の三者は調査捕鯨計画の誕生から「科学的調査」によって商業捕鯨の再開をめざしていたのではなく、すでに時代遅れとなった捕鯨ビジネスに「科学」という看板を架け替えることによって天下り先を確保し、国庫補助金投入を継続してきたにすぎません。

 さらに、水産庁が天下り先確保のために事業体を増やしてきた結果、水産関連の研究機関が複数存在しているムダがあります。元水産官僚の小松正之氏は、「現在の鯨類捕獲調査に代えて総合南氷洋環境調査を実施せよ」との提言の中で、複数の研究機関の統合により南極海の環境調査を効率的かつ国際的な協力で行うことを提案しています「これまで東京大学、遠洋水産研究所、極地研究所、海洋研究開発機構や(財)日本鯨類研究所などが個別に行っている調査・研究を総合的に行うべきと考えられる。(中略)現在の南氷洋鯨類捕獲調査は、地球温暖化問題と食糧問題の解決に貢献することを目的とする、『総合南氷洋環境調査計画』に大幅変更して実施すべきである。そして現在、南極で科学活動を実施するノルウェー、英国、米国、豪州などとの協力も目指すべきである」。

 こうした国際的な協力による科学調査は、現実に存在します。2010年からオーストラリアとニュージーランドが国際捕鯨委員会の科学委員会の助言のもとに南極海における本格的な「非致死的調査」を開始することを宣言し、すでに世界中の科学者が集まり計画を具体化させているのです。2009年6月にポルトガルで開催された国際捕鯨委員会年次総会において、この科学調査に対する日本の協力が求められましたが、日本は「致死的調査」にこだわり、この科学調査に参加を表明しませんでした。このような国際的な取り組みに参加することによって、手段の効率化だけでなく、国際的な評判の回復、さらには国庫補助の削減が見込まれます。


Posted by jsato at 11:02
27 November
2009

調査捕鯨の手段の有効性を考察する

「調査捕鯨」は水産庁の“天下り”“利権”のショーケース (7)

行政刷新会議の見直し基準に調査捕鯨をあててみる その2

 
前々回は、行政刷新会議が事業見直しの基準として定めている項目の一つめ「事業目的が妥当であるか、財政資金投入の必要性があるか」に当てはめて、調査捕鯨について書きました。今回は「手段として有効であるか」という項目で考えてみます。

日本の「鯨類捕獲事業」は、「致死的な(捕殺をともなう)調査」という手段を通じて鯨類の生態系調査を行い、そのデータにもとづいて商業捕鯨の再開をめざすとしています。しかし、世界的に鯨類の調査において「致死的調査」を用い毎年約1000頭もの鯨を捕殺しているのは日本の「調査捕鯨」だけで、他国では「非致死的(捕殺をともなわない)調査」において科学的データを取得し、研究調査活動を行うことが主流です。

いまから20年前、日本の調査捕鯨計画の立案にかかわった粕屋敏雄氏は「私は八十年代に水産庁に在籍し、調査捕鯨計画の立案にかかわった。その際、我々に与えられた条件は経費をまかなえる頭数を捕獲でき、しかも短期では終わらない調査内容の策定だった。今では、法の網をくぐるような調査捕鯨の発足に手を貸したのはうかつだったと悔やんでいる」(毎日新聞2005年10月3日朝刊 / 『世界』2008年3月号「なぜ調査捕鯨論争は繰り返されるのか」)と述べています。

日本国内においては、「調査捕鯨」があたかも科学的データを提供していると思われがちですが、国際的な評価はその正反対です。東北大学東北アジア研究センター准教授である石井敦氏は次のように指摘しています。

「2006年12月に開催された科学委員会主催のJARPA(南極海鯨類捕獲調査計画)評価会合の結論では、収集されたデータはIWC(国際捕鯨委員会)で採用されている捕鯨の科学的管理には一切必要のないデータであること、それどころか自然死亡率や個体数増加率、生態系における役割に関してはほとんど何も解明できていない、という厳しい評価を受けた。さらにJARPAの成果が査読つき英語論文誌にほとんど発表されていないことも指摘されている。科学研究の一般的基準に照らせば、18年間で約90億円の国庫補助を受けている研究プロジェクトが英語論文誌に成果を発表することがほとんどできない場合、予定されていた全期間をそのプロジェクトが全うすることはあり得ない」(『世界』2008年3月号「なぜ調査捕鯨論争は繰り返されるのか」)。


日本の伝統としての捕鯨に理解を示す作家C・W・ニコル氏でさえ、南極海の調査捕鯨に関しては「感情論を脇において南極海から船団を引き揚げるべきだ」と断言しています(ジャパンタイムズ2008年2月9日「Killing calves makes Japan's whaling indefensible」)。

また、水産庁は「調査捕鯨」が「国際条約にもとづいた正当な権利である」と主張し、その手段を正当化していますが、それは条約の拡大解釈であり、とうてい受け入れられるべきものではありません。前述の粕谷氏は「(国際捕鯨取締)条約8条の研究目的の捕鯨とは数頭くらいの範囲と解釈される。年々千何百頭という商業水準の大量捕獲を無期限に行う今の日本の計画を8条が許しているとは到底考えられない。日本政府は法の網くぐりをしている。行政と産業が協力して組織防衛をする古い構造が見える」と指摘しています。

 
さらに、この大量の鯨類捕獲をともなう現行の「調査捕鯨」は有効な科学データを提示できていないだけでなく、調査捕鯨そのものが日本の国際的な評価を著しく下げています。元外務省副報道官の谷口智彦氏は、次のように矛盾を説明します。「経済的に多くを意味せず、実現可能性においてゼロの主張を無理にも続けるうち、英豪加米といった同盟ないし準同盟国の大衆を少なからず敵に回し、風前の灯火とさえいえる国内零細捕鯨業者を苦境に置き続ける事実は変わらない。それでも税金や公的資金を投じ、勝ち目のない戦いを挑んで日本の評判を下げることを、筆者は国益のバランス感覚を欠く状態と考える」(『WEDGE』2009年2月)。


このように、大量の鯨類捕獲をともなう現行の「調査捕鯨」は、その手段の有効性を著しく欠いているのです。

 
次回は調査捕鯨が「手段として効率的であるか」と「限られた財源の中、ほかの事業に比べて緊要であるか」について書く予定です。


Posted by jsato at 17:56