一見、ばらばらに起きているかのような出来事が、実は複雑に絡みあっていて、いつのまにかそれらが巨大な雪崩となり、ものごとを一気に押し流してしまうことがある。私たちが後から知ることになる「歴史」とは、その記録ともいえる。
原子力(=核)“市場”は、金のかかる核(=原子力)産業を支えるために、原子力発電(核の「平和利用」)を世界に売ることで、巨額の資金を得るためにつくりだされた。“市場”をつくったのは、米国を筆頭に核兵器を先に獲得した国々だ。この“市場”が、核拡散をもたらした。核兵器を持つ国が増えると困るので“市場”に制約が設けられたのだが、今度はビジネスが飽和状態に陥ってしまった。そこで制約をとっぱらって“市場”を広げよう――これが、今、推し進められている動きである。まだ雪崩にはなっていないが、今のうちに歯止めをかけないと、そのうち止めようがなくなるかもしれない。
先日、この流れを加速する出来事があった。
9月4日から6日にかけてウィーンで開催された原子力供給グループ(NSG: Nuclear Suppliers Group)の総会は、「事実上の核兵器国」であるインドに対し、核燃料や原子力関連技術・資機材を提供することを承認した。これまでインドに対しては禁輸措置がしかれていたが、日本を含む全会一致で、同国をその対象から外すことにしたのである。
NSGは原子力関連技術や資機材、核燃料などを有する国々で構成されており、原子力関連の輸出にあたっては、メンバー国はNSGの禁輸措置などのガイドラインを守ることが求められる。
インドを同措置の対象から外すことを提案したのは米国である。2005年、米国とインドは原子力協定に基本合意(そして2007年、同協定を締結)した。米国の目的はインドへの原子力関連の輸出、インドのそれは海外ウラン燃料と原子力協力の獲得にある。しかし協定を発効させるには、いくつかのハードルを越えなければならない。最大の難関は、NSGによる承認だ。
NSGの決定は全会一致が原則である。先の総会の二週間前に開催された総会では、米国案に対し、反対または慎重を唱える国が多数を占めた。承認は困難かと思われたが、短時間のうちに米国が各国を説得し、どんでんがえしとなった。次のハードルは、米国議会による承認だ。ライス国務省長官は、速やかに議会を通過させるべく猛攻勢をかけているという。ブッシュ政権のうちに、なんとしても協定を発効させようとしているのだ。私の友人は、これを「ブッシュの最後っ屁」と揶揄している。「立つ鳥、あとを濁さず」にしてほしい。厄介で、迷惑で、危険な「屁」など、残して欲しくないものである。
そもそもNSGが発足したのは、インドの核兵器保有がきっかけだった。インドはカナダから「平和利用」だとして原子炉(減速材に重水を使うタイプの原子炉)を輸入し、その炉でつくったプルトニウムを使って核爆弾を製造。74年、核実験に成功し「核保有国」の名のりをあげた。重水を提供したのは米国である。ちなみに同炉は、国際原子力機関(IAEA)の保障措置(核兵器に転用していないことチェックする措置)のもとにあった。
この苦い経験から第二のインドを出現させないよう、供給サイドの管理を徹底するため、75年、NSGが米国主導でつくられた。米国は核拡散防止を掲げ、北朝鮮やイラン、中東に対しては強硬措置をとり続けている。そのいっぽうでインドを優遇するというのだから、とんだ「二重基準」だ。これがインドと敵対する隣国・パキスタンを刺激しないはずがない。
現行の核拡散防止防止条約(NPT)にもとづく体制(「NPT体制」)に、大きな風穴があけられてしまった。NPTは欠陥だらけの不平等条約だが、核兵器を持とうとする国々をまがりなりにも牽制してきた。今回のNSGの決定は、不平等をさらに拡大した。それは必ず反発を招く。
総会では、国内に巨大原子力産業を抱えるフランスとロシアなどが米国案を強力に推した。自国の原子力関連技術や資機材を売る新たな市場が欲しいからである。日本は、当初、米国案に対し慎重な態度をとっていたが、最終的に容認した。
ヒロシマ・ナガサキという、実戦において核兵器が市民に向けて使用された地をもつ日本であればこそ、世界のどの地においても、この惨禍を二度と繰り返させないようにする責任がある。日本政府も、内実はともかく、その役割を担っていると自負しているはずだ。米国案に対し、断固反対の立場をとって然るべきであった。インドを例外措置から外すことを容認したのは、愚挙以外の何ものでもない。

広島県被爆者団体協議会をはじめ日本のNGOは、即座に日本政府に対して抗議声明と要請を提出した。その文面からは政府に対する怒りと、核のない世界を後世に残そうとする決意が、ひしひしと伝わってくる。
http://www.cnic.jp/modules/news/article.php?storyid=704
日本が米国案を容認した背景には、国内での増設がほとんど見込めない日本の原子力産業にインドという新規市場を提供する意図があったのは、誰の目にもあきらかだろう。産業界からは、米国案を支持する声が早くからあがっていた。インドが海外の協力で原発を増設すればCO2の排出削減につながる、とまことしやかな説明がなされているが、原発は導入までに時間がかかりすぎて、危険な気候変動の抑止にはほとんど役にたたない。インドの専門家の分析では、同国が原子力発電を現在の10倍に増やしても、CO2の削減効果は2%程度という。
http://kakujoho.net/inpk/ind_u_j.html
次回は、日本政府の「日の丸」原発輸出に向けた動きを追う。気候変動政策を口実に、「原子力立国」という国家戦略が大手を振って歩き始めた。